たとえば、眠れない場合に、医師からは、一般的に「睡眠導入剤」と呼ばれる薬が処方されます。それを服用すれば、それまで、なかなか眠れなかったのに、すぐ寝つけ、朝までぐっすり眠れるようになります。ただ、その不眠が一時的なものであれば問題はないのですが、慢性的に不眠がちな人たちの場合には、薬をやめると、また、眠れなくなるといったことが起こります。そのため、なかなか薬が手放せない状態となる訳です。
不眠がちな人が薬を手放せなくなるのは、通常、また眠れなくなるのが「怖い」からです。彼(女)らは、眠れないと、頭が働かなくなって仕事の能率が落ちたり、眠れない辛い夜を過ごしたりするのを、何としても避けたいと考えがちです。薬をのめば眠れるのですから、「のめば安心」なのですが、「のまないと不安」なので、薬がやめられなくなるという訳です。
不安や恐怖から薬に依存するので、そのような依存は「精神的依存」と呼ばれています。のまないと禁断症状が起こるような「身体的依存」とは異なるものですが、薬がやめられないという点では、同じ依存なのです。
精神科の薬で、この精神的依存が起こりやすいのは、睡眠導入剤、抗不安剤、抗うつ剤、精神興奮剤などです。いずれも、作用がとても効果的で、その効果を自覚しやすいといった特徴をもった薬です。つまりは、利便性が高い薬ほど、精神的依存を起こしやすいのです。
こころの病に対する薬が対症療法の域を超えないものであれば、より根本的に病気を治すための、「薬以外の手段」が必要になる訳です。ただ、かりに、治療を行う医師が「薬しか治療の手段をもたない」ような人であったならば、投与した薬の効果がなかった時とか、症状の悪化を患者が訴えた場合には、薬の量や種類を増やす方向に考えが向かいがちとなります。実際、抗うつ剤などは、効果がない場合、「極量(最大服用量)まで使用する」ことや、作用の異なる抗うつ剤を上乗せすることがガイドラインで推奨されている場合が多いのです。効果が出るまで、徹底して使うといった「大量物量作戦」のようなものでしょう。
精神科や心療内科を通院したことのある人で、前回の診療時に出された薬に対して「効果がない」と医師に告げると、「それでは薬を増やしてみましょう」といった返事が返ってきたという経験をした人は、少なくないと思います。それは、その医者たちがやぶ医者なのではなく、彼(女)らは、権威のある精神科医たちに、そのように教育されてきたからなのです。
気が付くと、何種類もの薬が最大量近くまで処方さていたということも珍しくはないでしょう。いわゆる、「薬漬け」と呼ばれる状態です。それでも「治る」なら、多少の副作用があっても辛抱できるのですが、前の投稿で述べたように、それで病気が「根治」されることはないのです。
幸い、処方された薬で症状が消失し、医師も減量を考慮してくれれば、「薬漬け」から抜け出すことができるのですが、症状が長引いたり、完全には消失しなかったり、少しでも減量すると症状が悪化する場合には、「薬漬け」状態が続くこととなります。
1970年代、入院して治療を受けたのに退院できない患者が増えることで、病院ができて数十年もすると、病院はほぼ満床状態となっていたのです。というのも、その時代、精神科病院では、患者の社会復帰に熱心な医師は少なく、また、家族が患者の引き受けを嫌がる傾向もあったからでした。また、病院経営者にとっても、経営的にはその方が好ましく、勤務医の方も、症状の固定した慢性患者を診る方が楽だったからでした。
現在、精神科や心療内科の診療所では、新規開業して10数年たつと、待合室が患者であふれる状態になると言われてます。症状がほぼ安定していても、継続して薬を求める患者たちが外来にあふれ、結果、患者の待ち時間は長くなり、新規の患者の受け入れも難しくなるといった現象が起きているのです。
確かに、精神科には、継続して治療の必要な精神病領域の患者がいることも、その原因の一つですが、上記のように、主に薬中心の治療が行われたため、精神的依存が起こったり、「薬以外の手段」により薬を減らしたり、やめたりする試みが積極的に行われてこなかったりしたことも、一つの原因と考えます。また、日本の医療制度は、通院患者の数で医師の保険収入が左右される「出来高制」のため、医師にとっても、数多くの通院患者の存在は、収入の安定につながる訳で、クリニックや病院も、外来に患者があふれる状態を改善するインセンティブに欠けるのかもしれません。

