こころの病気は薬では治らない

メンタル・ヘルス

治らない」って、どんなこと? 

 ここで、「治らない」と言っているのは、薬で「症状」が軽くなったり、消失したりすることはあっても、メンタル系の薬は、それをのむことで病気から完全に解放されることを、私たちに約束するものではないという意味です。

 言い換えると、メンタル系の薬による薬物療法は「対症療法」であって、病気を「根治するもの」ではないのです。

からだの病気の場合

 皆さんは、「慢性胃炎」とか、「胃十二指腸潰瘍」という病気のことをご存じでしょうか。それは、胃や十二指腸の粘膜がただれたり、胃の壁が侵食されたりすることで、胃の痛みや出血が起こる病気です。最悪、胃に穴が開くという緊急事態もまれに起こることもあります。

 その原因については長い間不明で、治療については、強酸性の「胃液」がただれた粘膜を攻撃するのを防ぐため、胃液の分泌を抑えたり、酸を中和する試みが続けられていました。近年では、過剰な胃酸の分泌を抑える薬が登場することで、かなりの効果がもたらされました。それらで「症状」が軽快したり消失したりしていたのですが、その再発を防ぐことはできなかったのです。それらはこの病気を「根治」するものではなく、治療法としては「対症療法」と呼ばれているものだったのです。

 その病気の原因とされる、ある「細菌」が明らかにされたのは、今から50年前くらいのことでした。通常、強酸性の胃液のために細菌類は生存できないと思われた胃の中に棲みついている微生物が発見されたのです。その名は、「ピロリ菌」。ピロリ菌は、酸を中和するアンモニアを作ることで、胃の中で生き延びることができたのです。そのピロリ菌が一種の毒素を出すことで、胃壁が傷つけられることが明らかになってきました。その結果、そのピロリ菌を「除菌」さえすれば、繰り返し胃炎や胃潰瘍が起こらなくなるとわかったのです。つまり、慢性胃炎や胃十二指腸潰瘍は、薬でほぼ「根治」されるようになったのです。

こころの病の原因は不明

 多くのからだの病気に対して、心の病気については、その「根本的な原因」は、未だ、よくわかっていません。からだの病気の場合、その「診断」をするのに血液検査や画像検査が用いられていますが、こころの病の場合、その診断を決定づけるような検査は、未だ、無いに等しいのです。

 いま行われている主な診断法は、その病気により起こっている現象(症状)をリストアップし、患者の症状がそれらと合致した場合、その病気だと診断されるという形となっています。たとえば、うつ病なら、やる気がない、ものごとに集中できない、ものごとへの興味や欲求が薄れているなどの症状が、一定程度、認められた場合、うつ病という診断が下されます。

こころの病は薬だけでは治らない

 メンタル系の薬が「対症療法」に過ぎないならば、ただ、たとえ薬で症状が消失したとしても、薬をやめるとすぐに症状が再燃したり、一旦薬をやめられたとしても、その後に再発が起こったりするということになります。つまり、薬で病気が「治った」、つまり、「根治した」ことにはならないのです。

「ことばのクスリ-薬に代わるこころのケア-」:志村宗生;東京図書出版、2023

タイトルとURLをコピーしました